2017年05月18日

南方熊楠も伝播に一役

日本へやってきたのは江戸時代
 日本では、江戸時代中期一七二六年(亨保一一年)に、松岡恕庵(本草学者)の「用薬須知」に、蝉花(ハナゼミタケ)の記事を載せたことがわかっています。その後一七二八年、伊心宜(寧波の船主)が、長崎に中国の冬虫夏草(シナ冬虫夏草)をもたらしました。それから、一七六八年に青木昆陽(蘭学者)が「昆陽漫録補」に、また一八〇〇年には、広川解が「長崎見聞録」に冬虫夏草の記事を載せています。   このほか、かのシーボルトが下関で冬 虫夏草を見たという記録が残っていたり、「本草綱目拾遺」(一八三二年 梢学敏) には「夏草冬虫、四川省江油県の化林坪 に産する。夏は草となり、冬は虫なり」 の記述が残っています。
 さらに一八三三 年、小原桃洞は「桃洞遺筆」のなかで「 夏草冬虫浸酒服之可以却病延年」と述べ、冬虫夏草の不老長寿・滋養強壮効果について載せています。
 このように、江戸時代から冬虫夏草は歴史の端々に顔をみせていましたが、認知度は以外に低いものでした。しかし、明治時代の南方熊楠(菌類学者)によって、冬虫夏草はようやく日本でも知られるようになったのです。

冬虫夏草スープは珍味の一つ
 古くから、不老長寿・滋養強壮の秘薬 として伝承されてきた冬虫夏草は、結核 や肺疾患ゼンソクの治療、さらにはアヘン中毒の解毒剤としても知られてきました。それだけでなく、味も一品で、シナ冬虫夏草はトリフ、キャビアとともに世界三大珍味とされています(フォアグラが一般的ですが…)。アヒルの腸詰めにして煮込んだ冬虫夏草スープは絶品との評判まであるようです。
 また、チベット、ネパールのヒマラヤ山脈に生息する動物で夢を食べる≠ニいわれる「バク」は、体調を崩すと冬虫夏草を食べると伝えられています 。なんとも幻想的な話ですね。


不思議なキノコ冬虫夏草
不思議なキノコ冬虫夏草

posted by ハートマン at 08:48 | 冬虫夏草 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする